HOBO日鑑イタイ新聞

職人が二本の人差し指で一文字一文字、じっくり丁寧に打ち込みました

時は金なり

昔のヨーロッパの鑑別師の悩みと言えば、仕事が忙しくて、稼いだお金を使う暇がない、ということでした。その時代は小規模な孵化場が多く、あちこちに点在する孵化場を、一日に何軒もはしごしてまわり、下手をすると、自宅に帰れるのは、週に一度ということもあったようです。

現在では、こうした話は、ほとんど耳にしませんが、それは別に鑑別師たちが、労働環境の改善に取り組んだからではありません。理由は以下のような、外部環境の変化によるものです。

  • 孵化場の大規模化が進み、小さな孵化場が統合、あるいは淘汰され、孵化場の件数が減ったので、たくさんの顧客を回る必要がなくなった。
  • 家族経営の小さな孵化場と違い、大規模な孵化場では従業員の労働時間等に関して、法の縛りを受けるので、長時間労働や深夜労働が難しくなった。
  • 上記に加えて、経費節減や出荷時間の関係から、少人数の鑑別師で長時間かけて鑑別していたものを、鑑別師の人数を増やして、短時間で終わらせるよう、孵化場が要求するようになった。

どちらにしても、労働環境が良くなったのだから良いではないか、とお思いになる方もいるでしょう。確かに、ベテラン鑑別師の方々のお話をうかがっていると、とてもまねのできないような仕事の仕方をされていますから、これはこれで良かったのですが、無条件に良いことばかりではありません。

 孵化場は、鑑別師の為を思って、仕事が早く終わるようにしてくれているわけではありませんから、仕事を早く終わらせるため、鑑別師を増やすことのツケは、孵化場側ではなく、鑑別師に回ってきます。

いったいどういうことでしょうか?

まず、孵化場は鑑別師を直接雇用せず、鑑別師に仕事量に応じた鑑別料を支払うことが一般的です。一人ひとりの鑑別師と契約するのは煩雑ですから、孵化場は鑑別師のグループと一羽当たりの鑑別料金等について契約を交わし、その一羽当たりの鑑別料金に、月ごとの鑑別羽数をかけた鑑別料を、鑑別師のグループに支払います。そしてそれをグループ内でどういう風に分配するのかについて、孵化場は関知しません。

孵化場としては、鑑別師が何人で仕事をしようが、支払う鑑別料金は同じなので、なるべく多くの鑑別師がいる方が、仕事を早く終わらせるには良いわけです。一方、鑑別師にとっては、1つのパイを分けあう人数が増えれば、それだけ一人当たりの取り分は減ってしまいます。

そこで鑑別師側としては、鑑別師を増員するのであれば、一人当たりの仕事量が減る分、鑑別料金を上げてもらうか、あるいは鑑別師の増員をしないように、孵化場に対して交渉をするのですが、グループの代表者もただの鑑別師であったりして、必ずしも交渉ごとが上手であるとは限りません。また、代表者の多くはグループ内の鑑別師からコミッション(簡単に言うとピンはね)をとっており、無理な値上げ交渉をしたり、鑑別師を増やさずにいて契約を失うよりは、孵化場の要求を呑む方が得だと考えがちです。

というわけで、パイはなかなか大きくならず(料金値上げは難しく)、パイを取り合う相手は容易に増えていきます。つまり、孵化場の求める労働時間の短縮は、鑑別師の収入減に直結するのです。

今の鑑別師の悩みは、時間は有り余るほどあるのに金が無い、になってしまいました。

しかし、鑑別師志望の方は心配しないでください。最近は孵化場側も、「あまり安く買い叩いてばかりでは、良い鑑別師が揃わず、かえって損をする」という認識を持つところが、増えてきたようです。ぼろ儲け、とまでは行かなくても、普通の暮らしが出来る程度の収入は期待できます。

ただ、本当に残念なのは私の働く孵化場にその認識が無いことですが・・・