HOBO日鑑イタイ新聞

職人が二本の人差し指で一文字一文字、じっくり丁寧に打ち込みました

金田一(かねだはじめ)少年の事件簿

朝売新聞15日朝刊

13日深夜、ドイツ、フランクフルト付近の高速道路上で、乗用車と大型トレーラーが接触、乗用車はガードレールに激突し、大破した。乗用車を運転していたフランス在住で、初生雛鑑別師の斉藤拓さん(26)の死亡が、搬送先の病院で確認された。現地警察は、トレーラー運転手の証言などから、斉藤さんの居眠りが事故の原因と見て、調べを進めている。斉藤さんはポーランドの知人を訪ねた後、帰宅する途中だった。

 安藤茉莉(ポーランド在住、鑑別師)の証言

「斉藤さんは研修先の先輩で、普段からよく相談に乗ってもらっていました。あの日も私を心配して、わざわざフランスからここまで会いに来てくれたんです。本当に優しい先輩でした。それがこんなことになってしまって…私の所為です。本当に何と言ったらいいのかわかりません。」

名波綾子(ポーランド在住、安藤茉莉の同僚)の証言

「確かに茉莉ちゃんはここ最近元気がありませんでした。代理人とうまくいっていないんです。それでよく眠れないってこぼしてました。茉莉ちゃんがここに来た当初は、代理人の根津さんも茉莉ちゃんのことをすごく気に入ってたんですが…」

長谷川和彦(斉藤の研修先長谷川ヒヨコの社長)の証言

「斉藤君は本当に努力家で、寝る間も惜しんで練習してたんだけど、試験になると、どうもあがっちまうんだなあ。何回落ちたんだったけか。孵化場の仕事もよくやってくれたし、みんなで応援して、やっと合格したときには赤飯炊いてお祝いして。それがこんなことになっちまうなんてなあ。そう?茉莉ちゃんを心配して?彼らしいねぇ。えっ、彼らの関係?ただの先輩後輩だろ。茉莉ちゃんには彼氏がいたからな。確か養成所の同期だ。」

村井晴香(安藤茉莉の同期)の証言

「安藤さんの彼氏?ああ松山君のことですか?二人が付き合ってるって聞いたときは、驚きましたよ。養成所のときはライバルって感じでしたから。それに松山君って鑑別オタクっていうのかな。手垢で黒ずんだヒヨコのぬいぐるみを、いつも持ち歩いてるんです。いつでもどこでも練習するんだって。同期の女の子たちからは気持ち悪がられてました。話しかけても鑑別の話しかしないし。養成所のときの成績ですか?安藤さんもとても上手でしたけど、松山君には勝てなかったですね。」

野間登美代(養成所所長)の証言

「松山君?ええ彼は確かに鑑別は上手でした。本当に熱心でね。だけど彼は最低ね、女性に暴力を振るうなんて。安藤さんからは許してあげて欲しいと言われたけれど、これは殴られたあなた本人だけの問題じゃない、女性全体の問題なのよって諭したわ。いくら試験の結果が良くても、ああいう人間を海外に派遣するわけにはいきません。ポーランドには代わりに安藤さんに行ってもらいました。」

黒田智恵理(安藤茉莉の同期)の証言

「安藤さん?しょーじき気に入らんわ。いつもええ子ぶって。けど、あんなんにコロッといかれるおっさんばっかりやからね、現実は。安藤さんと松山君が付き合ってたっていうのは、聞いたことあるよ。でも、いつも一緒に過ごしてた養成所時代には、全然そんな素振り無かったのに、なんで千葉と岩手に離ればなれになってから、付き合いはじめたんやろうか?まあ松山君もアホやわ。女に手を上げるやつは最低や。それより、あたしのビザいつ下りるの?」

 村井晴香(安藤茉莉の同期)の証言

「はい。わたしも黒田さんもフランスのビザ待ちで待機中です。もう一年近くになります。安藤さんはタイミングが良かったですね。彼女が派遣されてから一年以上、派遣された新人っていないんですよ。残り一枚、最後の切符をゲットしたって感じです。でも、ポーランドで苦労してるみたいだし、もし私だったらあそこは耐えられないと思うので、大人しくフランスのビザを待ちます。松山君?彼も一応待機してますが、派遣予定は決まっていないみたいですね…」

山元繁(鑑別協会理事)の証言

「斉藤君のことは本当に残念です。鑑別業務にも熱心に取り組んでいたと聞いています。惜しい人物をなくしました。はい、彼の後任は安藤茉莉さんに内定しています。実は生前、斉藤君からも、もしフランスで欠員が出た場合は、彼女を異動させてほしいと頼まれていたんです。こんな形で異動することになるのは、彼女もつらいでしょうが、ポーランドにいるのも彼女にとって良くないでしょう。本人から直接聞いてはいませんが、周囲の人間から話は伝わっています。安藤さんは協会期待の新人ですし、その彼女に対する代理人の態度には協会も不信感を持っています。協会として、何らかの対応をとることになるでしょう。」

根津玉夫(ポーランド現地代理人)の証言

「何?何の話?俺が安藤につらく当たってるって?なんだよそりゃ。確かに俺は鑑別師には厳しく指導してるし、その所為で陰であれこれ言われてるのも知ってるよ。だけど彼女に対して特に厳しかったってことは無いよ。むしろ、気を遣ってたつもりだ。この間もよく眠れないと言うんで、病院にも連れてったんだぜ。薬を出してもらって、最近は眠れるようになった、ありがとうございますって礼を言われたんだ。ああ、そうだろう。本人が言ってるんじゃないんだな。どうせ名波あたりがいい加減なこと言ってるんだろう。」

北野雅人(フランス在住斉藤の同僚)の証言

「斉藤はほんとにいい奴だった。俺もかわいがってたし、他の先輩たちからもかわいがられてたよ。だけど、馬鹿な奴だよ。ポーランドまで一人で運転して帰ってくるなんて。言えば俺も付き合ってやったのに。安藤さん?ああもちろん知ってるよ。ここも労働許可がなかなか下りなくて、日本から人を呼べないもんだから、鑑別師が足りなくてね。忙しいときはポーランドからもヘルプに来てもらってるんだ。前に茉莉ちゃんがヘルプで来てくれた時に、時間があったんで、斉藤と一緒にパリを案内してやったんだよ。その時にモンマルトルからパリ市内を見下ろしながら、彼女、目をキラキラさせて『私、絶対ここに来ます』って言うからさ、『おう、斉藤に嫁いで来い!』って俺が言ったら、にこっと笑ってたよ。斉藤は隣で真っ赤になってたけどな。うん、彼女が移動してくる話は聞いてるよ。なんせただでさえ人が足りなかったんだから。労働許可は日本から申請するより早く下りるだろうね。」

 名波綾子(ポーランド在住、安藤茉莉の同僚)の証言

「えっ、根津さんそんなこと言ってたんですか?どうしよう…。でも彼女が辛そうだったのは本当です。見ていられませんでした。斉藤さんに連絡したのは私です。二人が仲がよいのは知っていたので。だけど、急に飛んで来るとは思いもしませんでした。斉藤さんがポーランドを発つときは、私も一緒に見送りました。茉莉ちゃんも心配して、眠気覚ましのコーヒーもポットに準備してあげて。こんなことになって私も責任を感じています。」

安藤茉莉(ポーランド在住、鑑別師)の証言

「はい、確かにフランス移動のお話をいただいています。お断りして、鑑別も辞めて日本に帰ろうかとも思いました。でも、周囲の皆さんに励ましていただいて。なによりここで辞めてしまったら、私のことを応援してくれていた、斉藤さんに申し訳がないと思うようになりました。斉藤さんの分までフランスで精一杯頑張るつもりです。」

 

ここに書かれていることはすべてフィクションです。実在する人物、団体とは一切関係ありません。